「先生を好きになるのは、罪ですか?」
島田聖菜(北里琉)は、そう白鳥健治(磯村勇斗)に尋ねた。教師と生徒の恋。これまで数々の学園ドラマで繰り返されてきたテーマに、『僕達はまだその星の校則を知らない』はどんな解を示すのか。そこに、『ぼくほし』が掲げる、あるべき大人像が込められていた。
島田は、自分をコントロールできない子どもだった
島田は、1年のときの担任である巌谷光三郎(淵上泰史)に好意を寄せていた。そして、島田が補導されたことから、二人が連絡先を交換し、秘密裏にやりとりをしていたことが明らかとなり、最終的に巌谷は学園を去ることとなった。
「先生を好きになるのは、罪ですか?」
島田の問いに答えるのであれば、最も罪深いのは果たして誰か。兄ばかりを溺愛し、娘に目をかけない島田の母か。無関心な父か。あるいは、学校の体面を守るために巌谷の首を切った尾碕美佐雄(稲垣吾郎)か。
少なくとも尾碕の判断自体は、咎められるべきものではないように思える。今回、健治を前に珍しく尾碕が激昂した。尾碕は尾碕なりに、この学校を守るために必死なのだ。けれど、健治はそんなこともお構いなしに正論を並べる。尾碕が声を荒げたのは、彼だってわかっているからだろう。正しいか正しくないかで言えば、巌谷一人を罰することが正しくないことくらい。
でも、世の中には正しいか正しくないかだけではジャッジできないことがある。なのに、健治はいつも法的にどうかということだけで物事を測ろうとする。それが、尾碕には忌々しかった。尾碕だって、きっとそうしたい。過去の回想を見る限り、もともと熱心な先生だったんだろうと思う。生徒の幸いを一番に行動できたら、どれだけ楽だろう。でも、できない。なぜなら、自分は理事長だから。この学園の経営と名誉を守る義務があるから。健治の存在が尾碕を逆撫でするのは、健治が対極の位置にいるからなのだろう。
ならば、最も罪なのは島田の母か。僕は、そう思わない。罪を犯したのは、自分の軽率な振る舞いが相手にどれだけの迷惑をかけるか想像もしないで、無邪気に気持ちを押しつけた島田だと思う。
引っ越しをする巌谷のもとに駆けつけた島田は言った、「うちの親のせいでごめんなさい」と。もし彼女が本当に状況を正しく理解できているなら、あのときにすべきことは、親に責任をなすりつけることではなく、「私のせいでごめんなさい」という謝罪だったんじゃないだろうか。それくらい、彼女は自分の好意が持つ加害性に無自覚だった。
未成年相手に厳しい考えかもしれない。でも、巌谷は島田にこう教えたのだ。
「自分以外の人間は、どうすることもできないよな。でも自分自身なら自分でコントロールができる」
恋が罪深いとしたら、それは恋がアンコントローラブルなものだからだ。自分で、自分を制御できなくなる。だから、同意もなくキスをするし、周りも見えなくなる。劣悪な外部環境という自分ではどうしようもないものに負けず、自らを律して、未来を切り開いてほしい。そんな巌谷の言葉に支えられた島田は、その大切なものを自分の手で壊してしまった。先生との恋が罪なんじゃない。そもそも恋というもの自体が罪深いのかもしれない。
巌谷は、自分をコントロールできる大人であり続けた
家庭環境に問題を抱える生徒をケアするうちに、ずるずると恋愛感情に引きずり込まれていくのは、教師と生徒の恋愛ものにおける鉄板のシチュエーションだ。『高校教師』(TBS系)がその代表例。『魔女の条件』(TBS系)の光(滝沢秀明)も母親に対して不満を抱いていたし、『中学聖日記』(TBS系)の黒岩(水上恒司、当時の芸名は岡田健史)も過保護な母親に反発しがちだった。そして、その危うさに未知(松嶋菜々子)も聖(有村架純)も惹かれていった。
巌谷もまた島田に特別な感情を持ちはじめていた。けれど、巌谷は踏みとどまった。ここが、一連の教師と生徒の恋愛ものと本作の明確な違いだ。なぜ巌谷は一線を踏み越えることはなかったのか。それは、彼が「自分自身なら自分でコントロールができる」という考え方の持ち主だったからだろう。そして、これこそが『ぼくほし』の示した、あるべき大人像なんだと思う。
大人ならば、ちゃんと自分で自分自身をコンロールできなければいけない。一瞬の快楽や好奇心に流されるのではなく、理性と良識を持って物事と対峙し、他者に適切な愛情を注ぐ。巌谷然り、山田美郷(平岩紙)然り、当初は厳格で頑固そうに見えた先生が、意外にチャーミングで信頼に値する人物として愛着を感じられるのは、彼/彼女がちゃんと自分をコントロールして生きている大人だからなんだと思う。
けど、コンロールできる人物がゆえに、巌谷は学校を去ることになった。たった一人の生徒を守るために、残りの大多数が理不尽な別れを強いられることになった。そのことが正しいかどうかは、僕にはわからない。
だから、もし島田が巌谷との未来を望むのだとしたら、18歳になったらとか、学校を卒業したらという法的な承認が大事だったわけではないと思う。必要だったのは、彼女がちゃんと自分で自分自身をコントロールできる大人になることだ。
「親も、僕のことも、全部見返すような大人になれ」
あれは、巌谷の最後の授業だ。今はわからなくてもいい。巌谷の先生としての最後の言葉が、いつか島田に届いたらいいなと思う。そして、たとえ学校は離れても、健治にとって初めてできた友達として巌谷がいてくれることを願っている。
(文・横川良明)
『僕達はまだその星の校則を知らない』第8話 あらすじ
文化祭の準備に向けて盛り上がる天文学部。そんな中、元議長団・北原(中野有紗)の周辺でトラブルが発生する。実は、北原の両親は不仲で、今は北原自ら母を説得し、妹と3人で家を出ているのだという。しかし、納得のいかない父・亘平(神尾佑)が娘に会わせてほしいと学校に連絡してくる。北原は断固拒否するが、亘平は学校に乗り込むという強硬手段に出て……。
◇ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』概要
タイトル | 『僕達はまだその星の校則を知らない』 |
放送・配信 | 毎週月曜22時からフジテレビ系で放送 地上波放送後、FODにて最新話を追加 |
出演者 | 磯村勇斗、堀田真由、平岩紙、市川実和子 日高由起刀、南琴奈、日向亘、中野有紗、月島琉衣、 近藤華、越山敬達、菊地姫奈、のせりん、北里琉、栄莉弥 淵上泰史、許 豊凡(INI)、篠原篤、西野恵未、根岸拓哉、 チャド・マレーン、諏訪雅 坂井真紀、尾美としのり 木野花、光石研、稲垣吾郎 |