絶望の底に立たされたとき、救いになるものがあるしたら、それはやっぱり信じてくれる人がいることじゃないだろうか。大麻所持疑惑が勃発した『僕達はまだその星の校則を知らない』。渦中の彼女を救ったのは、自分を信じてくれた人たちだった。
すべての対立を乗り越え、僕たちは手を取り合える
幼なじみの小椋冬馬(本島純政)に騙され、犯罪の片棒を担がされた斎藤瑞穂(南琴奈)。しかも、自分のことを拒否した斎藤を逆恨みし、冬馬は斎藤も中身が大麻だと知っていたと証言する。
何も知らなかったという斎藤の主張に、担当の弁護人は鷹揚と構えつつ、保護観察処分に着地できるよう、彼女の発言をさりげなくコントールしようとしていた。弁護人からすれば、数ある案件の一つ。特に労務を得意とする企業専門の弁護士とあらば、少年事件なんてお金にもならない些細な案件なのだろう。だけど、斎藤にとっては人生がかかっている。希望の光が見えない中、斎藤母子が頼ったのは、白鳥健治(磯村勇斗)だった。
弁護士としてのキャリアは及ばない。これまで何社もお払い箱になってきた健治は、本人も認める通り、必ずしも優秀とは言えないのかもしれない。それでも、斎藤母子は健治に味方になってほしいと乞うた。それは、健治が斎藤のことを信じてくれていたからだ。
健治だけじゃない。山田美郷(平岩紙)もそう。鑑別所へ接見に訪れたときから、二人は何も言わなくてもわかってくれていた。「斎藤さんは正義感があって、簡単に人に流される子ではありません」。そう言い切れるのは、健治や山田が斎藤のことを見てきたからだ。
思い出してみると、このドラマは最初は「分断」からスタートした。男子校と女子校が統合したことで起こる様々な問題。制服裁判によって生徒と教師が対立し、失恋騒動や盗撮疑惑など男女間によるトラブルもあった。当初、制服裁判の傍聴席で尾碕美佐雄(稲垣吾郎)の演説にいかにも感銘を受けたように頷く山田は、理事長のシンパであり、生徒を抑圧的に管理するわからず屋の教師かに見えた。だけど、山田がそんな先生でないことは、ここまで見守ってきた視聴者なら知っての通り。男女共学になったことで厄介事は増えたかもしれないけれど、みんなで見上げた夏の夜空だったり、父親からの教育虐待に苦しめられる有島ルカ(栄莉弥)を救った北原かえで(中野有紗)の一言だったり、異なる者同士が出会うことで生まれた美しい景色がいくつもあった。
共に同じ時を過ごすこと。相手を深く知ること。それらによって「分断」を乗り越え、星と星が星座で結ばれるように、彼/彼女らは手を取り合ってきた。だから、斎藤の大麻所持疑惑にも誰も揺るがなかった。私たちが見てきた斎藤は、そんな人じゃない。根拠のない噂話や、SNSに流れる憶測を信じるんじゃなく、自分が見てきたものを信じること。
「それでも、友達でいてくれますか」。斎藤の出した手紙に対する鷹野良則(日高由起刀)の返事はシンプルだ。「当たり前だろ バカ」(39:51)。こんなカッコいい答えがあるだろうか。男でもなく、女でもなく、まず人として信頼し、尊敬し合う鷹野と斎藤の関係は、間違いなくこれからの時代の希望だ。
裁判のその先に健治の“卒業”が待っている
一方、斎藤の事件を弁護したことにより、健治は学園を去ることになった。自分が健治に斎藤の弁護を迫ったせいで、健治の居場所を奪ってしまった。罪悪感に駆られそうになる鷹野を制して、健治は言う、自分で決めたのだと。
ここからの健治の語りは、もう胸がいっぱいだった。自分は学生時代、一度も高校に行かなかった。その選択自体は否定せず、でもこうしてみんなと出会い、高校生活を味わえたことを感謝する。初めての制服裁判のときは、結局尾碕に言いくるめられて、何も力になれなかった。だから、今度こそ生徒のために戦いたい。
そう吐露する健治の言葉は途切れ途切れで、何度も何度もまばたきを繰り返し、こみ上げる気持ちが溢れ出してしまわないように上を見上げたり、肩を揺らしたり、時に笑ったように唇を結ぶ。口ではなく、体で言葉を話している。そんなお芝居だった。
健治を演じているときの磯村勇斗の声は、他の役と違う。『きのう何食べた?』のワガママジルベールとも、『ケイジとケンジ〜所轄と地検の24時〜』の出世第一のメグちゃんとも、『東京リベンジャーズ』の仲間思いのアッくんとも、違う。朴訥とした、優しく、控えめな。童話を読み聞かせするような、星空のベッドでうたた寝しながら見た夢のような、耳ではなく、心に語りかける声をしている。だから、余計に胸に沁みる。
他の人とは少し世界の見え方も時間の流れ方も違う健治を、磯村勇斗は決して変わり者として演じなかった。地に足をつけ、時に怯えながらも一生懸命世界と向き合おうとする人として命を与えた。だから、磯村勇斗の演じた健治は、こんなにも微笑ましく、こんなにも頼もしく、こんなにもいとおしいのだと思う。
不処分となった斎藤は、登校を再開する。だけど、学校を休んだ数週間、みんなは自分のことをどう見ていたんだろう。もしかしたら事件のことを誰か知っているかもしれない。見えない好奇の視線が怖くて、斎藤は校門の前で立ち止まる。
そんな斎藤に声をかけ、一緒に健治は踏み出した。あんなにも学校が怖かった健治が、校門をくぐるだけでもおっかなびっくりだった健治が、誰かを支えられる人になった。その強さは、ここで出会ったすべての人がくれたものだ。できないことだらけの健治だから、できない人の気持ちがわかる。自分の弱さに敏感な健治だから、弱い立場の人を思いやれる。
そして健治は最後の戦いに挑む。裁判の相手は、学校。小学生の頃、いじめを黙認した学校を訴えようとして、できなかった。再び立ち上がった健治は、法廷でどんな言葉を語るだろうか。この裁判の決着がついたとき、健治は学校から“卒業”するのだと思う。
(文・横川良明)
『僕達はまだその星の校則を知らない』最終話あらすじ
スクールロイヤーを辞した健治は山田の弁護人となり、学校に対して労働裁判を起こす。山田が学校と争っていることは、やがて生徒の知るところとなり、裁判は生徒たちをも巻き込んでいく。一方、教員である幸田珠々(堀田真由)にとって、学校と対立関係にある健治と付き合っていることは立場的に難しいものがあり、二人の間に微妙な隙間風が。また、定年退職を迎えた誠司が健治のもとを訪ね、健治にこれまで言えなかった思いを打ち明ける。
はたして裁判の行方は? 父子の関係は? 珠々との恋は? そして健治は生徒たちと卒業観測会をすることができるのか……?
◇ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』概要
タイトル | 『僕達はまだその星の校則を知らない』 |
放送・配信 | 毎週月曜22時からフジテレビ系で放送 地上波放送後、FODにて最新話を追加 |
出演者 | 磯村勇斗、堀田真由、平岩紙、市川実和子 日高由起刀、南琴奈、日向亘、中野有紗、月島琉衣、 近藤華、越山敬達、菊地姫奈、のせりん、北里琉、栄莉弥 淵上泰史、許 豊凡(INI)、篠原篤、西野恵未、根岸拓哉、 チャド・マレーン、諏訪雅 坂井真紀、尾美としのり 木野花、光石研、稲垣吾郎 |