【ネタバレ】『さよならノワール』と『きらきらひかる』の相似性。28年経っても変わらない井上由美子の哲学

脚本家・井上由美子の出世作として知られているのが、『きらきらひかる』だ。遺体解剖を通じ、死者の最後の言葉を聞く、1990年代後期を代表する名作ドラマだ。あれから28年。井上由美子が書き下ろした新作『さよならノワール』はどこか『きらきらひかる』を彷彿とさせる空気感がある。第3話は、死者の足取りを追うことで、黒木夏海(小池栄子)と白石絵梨子(北香那)は最後の言葉を聞こうとした。もう口を開くことのない死者が最後に語ったのは、どんな真実だったのだろうか。

なぜ母は遺体の引き取りを拒否したのか?

介護士の笹村圭(柾木玲弥)が事故で亡くなった。しかし、遺体の確認に来た圭の母・綾子(神野三鈴)は、目の前の遺体を息子と認めず、引き取りを拒否する。理由は、圭が亡くなったとき、女性の格好をしていたから。息子に女装癖があったことを認めたくない綾子は、さも息子が生きているように圭と通話をしているふりをするなど、嘘を重ね続ける。

なぜ母は頑なに遺体の引き取りを拒否するのか。額面通り、息子が女性になりたかったことを受け入れがたかったのかもしれない。でも、最後に泣いている綾子を見ていると、ただシンプルに圭が亡くなったことを認めたくなかっただけな気もした。

母一人子一人で、綾子と圭は生きてきた。綾子にとって、圭はもはや自分の片割れのようなものだろう。その喪失を、はい、そうですかと簡単に受容できるはずがない。

綾子にとって、圭が女装をしていたという事実は、息子の死から目を逸らし続けるための保留ボタンだった。あれは圭じゃないと信じ込んでいれば、その間だけは息子は生きたままでいられる。そうやって都合よく延命させることが、綾子の心を守る唯一の方法だった。うってつけの言い訳に、彼女はしがみついていたのだった。

それはそれとして、息子が女性になりたいというのは、そんなにも受け入れがたいことなんだろうか。たとえば、ミチルと名乗っていた圭と交流のあった友人は、圭が男性であるとわかっていながら、「男とか女とかどうでもよくない?」と気にも留めていなかった。おそらく今の20代の感覚はこちらに近いと思う。

ただ、この理解の差を単に世代の差と考えるのも浅はかだろう。友人は、ミチルの素性など知らない。楽しい時間だけをシェアする、気楽な付き合いだったのだろう。そんなインスタントな関係と母子では同じ事実でも受け止める重さが違う。身内だからこそ「どうでもよくない?」というわけにはいかなかった。

実際、あの友人がジェンダーに対してフラットな考え方の持ち主なのかと言われたら、それもちょっと違う気がした。なぜなら、彼女は「綺麗だから、それいいじゃん」と続けた。逆に言うと、圭が美人でなければ、付き合う価値はなかったし、女装に対しても気味悪がっていた可能性が高い。若い世代に蔓延するルッキズムを、井上はさりげなく、痛烈に描いていた。

ただ圭自身の中に、そんな薄くてカジュアルな関係性の中でしかさらけ出せない自分がいたのも事実。もっとつながりの濃い職場とか、それこそ家族や地元の頃からの旧友には女性の格好をしている自分を見せられはしなかっただろう。でもそれは悲しいことでも寂しいことでもない。

コミュニティの数だけ異なる自分がいて、その場所とその関係に応じた自分を見せているだけ。そう考えると、いくつもの名前を持っていた圭は意外と僕たちにも通じるところはあったのかもしれない。

事実を決めつけたとき、真実を見誤る

一方、このドラマには死者を描く上で一貫したスタンスがある。それが、今回、黒木と白石の会話の中で示されていた。

不審な雑居ビルに出入りしていた圭のことを、白石は薬物の運び屋をしていたと疑う。それに対し、黒木は「まだ決めつけないで」と牽制し、もし今ここで自分たちが死んだらと例え話を続けた。黒木が言いたかったのは、被害者の尊厳を守るということである。

僕たちは憶測と噂話が大好きだ。自分の主観で簡単に事実を捻じ曲げ、自分が見たいもの信じたいものを真実のように吹聴する。それが、どれだけ物言わぬ人とその周りの人たちを傷つけるか。まるでわかっていないような勝手な決めつけが、この世には氾濫している。黒木の言葉は、そんな時代へのカウンターであり、井上由美子の作家としてのフィロソフィーでもある気がした。

そういえば、『きらきらひかる』でもそんな回があった。夫の暴力に苦しむ妻(松下由樹)が、夫を椅子で殴り殺した。妻は正当防衛を主張し、妻に同情した主人公(深津絵里)も主観に流され、正当防衛であると思い込んで解剖を進める。しかし、本当は殺意を持って夫を殺したのだった。

僕たちは、簡単に事実を見誤る。だからこそ、決めつけてはいけない。『きらきらひかる』から28年経ったが、井上由美子のスタンスは変わらない。そして、そんな井上由美子の筆を、視聴者は信頼しているのだと思う。

(文・横川良明)

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『さよならノワール』第4話 あらすじ

大学サッカー部主将・勝俣陸(岩瀬洋志)が何者かに歩道橋から突き落とされ、選手生命を絶たれてしまう。精神的ケアのため病院を訪れた黒木と白石は、犯人への復讐心をあらわにする陸に危うさを感じるが、対応をめぐって意見が対立。そんな中、陸を突き落とした容疑者として阪本晶(石川丈)が浮上、西池袋署に連行される。陸と阪本に面識はない。ぶつかったのは偶然だと主張する阪本に対し、陸は故意だったと訴え、強い怒りを見せる。

さよならノワール』概要

タイトル 『さよならノワール』
放送日時 毎週火曜21時
スタッフ 脚本:井上由美子
主題歌:chilldspot「ドラマ」(RECA Records)
音楽:菊地成孔
プロデュース:狩野雄太
制作プロデューサー:清家優輝、岸川正史
衣装:伊賀大介
心理監修:石橋昭良
警察監修:石坂隆昌
演出:河毛俊作、清矢明子、柳沢凌介
制作協力:ファインエンターテイメント
制作著作:フジテレビ
キャスト 小池栄子、北 香那、岡山天音、荒川良々、味方良介、濱尾ノリタカ/
眞島秀和、戸田恵子、渡部篤郎 ほか
URL https://www.fujitv.co.jp/sayonaranoir-cx/(公式サイト)

『さよならノワール』(C)フジテレビ