『人事の人見』(フジテレビ系)もいよいよクライマックス。
第10話では、これまで何かと会社のガンとなっていた社長の小笠原(小野武彦)がついにスポットライトの中心に躍り出た。時代錯誤の石頭社長と、人見(松田元太)はどう向き合うのか。そこに、何かと頭を抱える“おっさん”世代の攻略法があった。
気づけば私たちも小笠原になっているのかもしれない
「老害」なんて言葉が広まって幾星霜。老いてなお有害扱いされてしまうことへの物悲しさを感じる一方、社会人としての耐用年数がとっくに過ぎ、サービス保証切れになってんじゃねえかと思うようなヤバいおっさんがわんさかいるのもまた事実。彼らの人権意識のかけらもない言動にヒットポイントをすり減らされている人たちの心を思えば、とっとと在庫処分してしまいたい気持ちも、まあ、わからなくはない。
小笠原なんて、まさにその象徴。確かにかつてこの国には「モーレツ社員」なんてワードが飛び交い、プライベートを犠牲にしてでも会社に尽くす企業戦士がもてはやされた時代があった。小笠原は超エリートモーレツ社員として、経営トップにまでなり上がった男。成功体験を捨てられないのも、致し方ないと言えば致し方ない。
実際、ある側面において、小笠原はそんなに嫌なやつでもないようで。会社を人生、社員を家族と言い切る小笠原は、学歴も経歴もない清掃員の牛島(佳久創)を社員に抜擢し、突然亡くなった部下に代わり、その娘の志保(佐藤乃莉)の面倒を見てきた。小笠原を慕う人たちもいるのは確か。時代にそぐわないからと言って、彼のすべてが悪なわけではない。
それでも、なぜ小笠原はアウトなのか。その理由は、社員は会社に奉仕すべきという強すぎる愛社精神でも、女性は男性のサポートに回るべきという男尊女卑でもない(いや、どっちも嫌だけど)。彼が根本的にダメになってしまった原因は、里井(小日向文世)の言う通り、自分と同質の人間しか周りに置かなかったことだろう。
自分と同じ価値観の人は正義。考えの異なる者は悪とみなし、排除する。あの自宅での食事会は、その好例だ。チヤホヤしてくれる人で周りを囲めば、居心地はいい。逆に、思想が相容れない人と一緒にいるのは苦痛だ。いちいちハレーションが起きるたびに、自分は間違っているのだろうかと自問自答し、いや、そんなことはない、間違えているのはあいつだと自己擁護に走らないといけない。誰もそんなストレスを味わいたくないから、イエスマンで周りを固める。結果、聞く耳持たない「おっさん」が爆誕するのだ。
でも、よくよく考えてみてほしい。これって、昭和のおっさん世代だけの話だろうか。むしろ今も多様性という流行りのフレーズをいいように解釈して、「考えが合わない人とは距離を置いたほうがいい」と思っている人は多い気がする。
SNSのタイムラインだってそう。自分の意見に「いいね」をしてくれた人は味方だし、反論があればクソリプ認定。おすすめ欄はどんどん自分の趣味嗜好に合ったポストばかりレコメンドされるようになり、最適化された狭いコップの中を世界のすべてだと思ってしまう。
そうやってエコーチェンバー化された世界でぬくぬくと育つうちに、気づけば私たちも小笠原になっているのかもしれない。他者との衝突や、自己矛盾との格闘は、人間性を磨く砥石。むしろ「老害」を笑うことこそが、「老害」の始まりなのだ。
賛同はしなくてもいい。でも、否定はしない
では、どうやって「老害」の轍を踏まず、「おっさん」たちと手をつなげるのか。答えは、人見が示してくれた。
小笠原が自分の考えに固執するのは、自分が間違っていると認めたら、これまで過ごしてきた日々を、共に戦ってきた仲間を否定することになるからだ。それを小笠原は恐れていた。そんな小笠原に、人見は言う。
「あのときは、あのときで残ってるじゃないですか」
時代は変わる。価値観も変わる。下手に寿命が伸びたばかりに、耐用年数は過ぎても、多くの人が社会をどうにか泳ぎ渡らないといけなくなった。そのためには、変わり続ける社会の常識に適応していかなければいけないのは仕方ないこと。でも、変わったからと言って、今までのすべてが消えるわけじゃない。ちゃんと、そのときの正義も、思い出も、残り続ける。
時代遅れな「おっさん」にすべきことは、否定ではない。まずは受容することだ。小笠原が軟弱な今の社員たちに腹を立てたように、自分たちもまた小笠原のような古い人たちのことを「老害」と切り捨てた。やっていることはどっちも同じ。本当に変わってほしいなら、まずは相手を肯定し、想いを受け止める。里井が「あの社長は変わらないから」と匙を投げた小笠原が、人見によって変わったのは、人見が小笠原のことを「老害」ではなく、「おがっさん」として寄り添い、受け入れたからだと思う。
綺麗事かもしれない。実際、受け入れたところで、「おっさん」たちは増長するだけかもしれない。でも、真に多様な生き方/働き方を実現するには、古い世代も若い世代もどちらも自分の考えを押しつけてはいけないのだ。賛同はしなくてもいい。でも、否定はしない。それが、誰に対しても垣根も偏見もない人見だからできる、“おっさん”世代の攻略法だった。
と思ったら、まさかのラストで小笠原が退任。後継者として新社長の座に就いたのは人見だった。この抜擢に取締役たちは納得しているのだろうか。ワンマン社長が最後の最後で超ワンマンプレー。人事の人見ならぬ「社長の人見」が最終話でどんな波乱を巻き起こすか、大いに期待したい。
(文・横川良明)
『人事の人見』<最終話 あらすじ>
社長となった人見は、多忙な毎日を送っていた。ある日、新入社員の茅原(杏花)が泣いているのを見かけた人見は声をかけようとするが、秘書に「社長は、困ってる誰か一人を助けるより、大勢を見てください」と制止されてしまう。
人を見ることがいちばんの武器だった人見が、社長になったことで、一人ひとりを見ることができなくなってしまった。それでも人見は変わらない。人事部にいたときと同じように、とんでもない行動に出て、周囲を騒然とさせる……!
◇ドラマ『人事の人見』概要
タイトル | 『人事の人見』 |
放送・配信 | 毎週火曜21時からフジテレビ系で放送 地上波放送後、FODにて最新話を追加 |
出演者 | 松田元太/前田敦子/桜井日奈子/新納慎也/ ヘイテツ/松本まりか/小野武彦/ 鈴木保奈美/小日向文世 |