学校は、現代の縮図だという。広い広い宇宙の中、ぽつんと浮かぶこの星で起きていることのほとんどすべてが、学校という小さな小さなカゴの中でも起きている。学校を知ることは、すなわち世界を知ることなのかもしれない。
だからだろうか。『僕達はまだその星の校則を知らない』を観ていると、学園ドラマなんだけど、単に学園ドラマという括りでは説明しきれない、銀河の果てを探し当てるような広がりを感じる。
このドラマは、私たちにどんな世界を見せてくれるのだろうか。
この星と、学校で起きている、凡庸で切実な悲劇
『ぼくほし』の舞台は、男子校だった「濱浦工業高校」と、女子校だった「濱百合女学院」が合併して誕生した「濱ソラリス高校」。突然の共学化に、生徒も、教師も揺れていた。その一つが制服のデザイン。濱百合女学院の伝統だったセーラー服は廃止され、ブレザーに一新。ジェンダーレスという社会の風潮を反映し、女子はスカートかスラックスを選べるようになっていた。
だが、そんな制服が学園に波乱をもたらす。生徒会長の鷹野良則(日高由起刀)が全校集会にスカートを履いて登壇したのだ。翌日から、鷹野と副会長の斎藤瑞穂(南琴奈)が揃って不登校に。あのスカートは、鷹野のカミングアウトか。あるいは学校への反旗か。憶測と動揺が校内に飛び交う。
だけど、鷹野がスカートを履いた理由はそのどちらでもなかった。彼は、斎藤のことを守ってあげたかった。スラックスを着用して学園生活を送っていた斎藤。だけど、そんな斎藤の行動を周囲は「そっち」だったのだと解釈する。ただスラックスを履いてみたかっただけなのに、不要な詮索と配慮をされてしまう。スラックスは、好奇心と自立心に富んだ彼女を、少し窮屈にさせていた。
今、時代はどんどん変わっていっている。それに追いつけるよう、制度やルールを躍起になってアップデートしているけど、いちばん変わらなければいけないのは運用する人たちの中身なんじゃないかと思う。選択肢を用意する。それ自体は、すごくいい。だけど、その選択肢を不安なく選べる環境がないと、大抵の人は尻込みしてしまう。だって、この社会は他人と違うことをした人がとても生きにくいようにできているから。
なんとなく興味があるから、スラックスにした。理由なんてそれだけでいいはずなのに、スラックスを選ぶことで、特別な意味を負わされてしまう。この子は、他の子たちと違うんだと色眼鏡で見られてしまう。そんな視線で雁字搦めの牢獄に、自由なんてあるだろうか。
一方、女子のスラックスは認められているのに、男子のスカート着用は問題になる。しかもそこに正当な根拠はない。あるのは、見た目があまり良くないとか、スカートを履きたい男子はいないとか、あやふやな理由だけ。これも、社会の流れはジェンダーレスだからとうわべしか見ていないからだろう。
同じことは、私たちの生きている社会でたくさん起きている。そして、そのたびにみんながちょっとずつうんざりして、いつの間にかジェンダーレスはなんだか少し面倒くさいもののように思われている気がする。自由にするはずのものが、運用がおかしなせいで、不自由になる。
アンケートの結果、生徒の70%が現行の制服に特に問題を感じていないことが明らかになった。これにより、制服にまつわる騒動は一部の少数派が騒いでいただけという結論に収束する。これも、そこかしこによくある話だ。ノイジーマイノリティとラベリングし、声をあげた人たちをおかしな人とひとまとめにすることで、マジョリティ側の結束を強める。
だけど、制服廃止を訴えた議長団議長の北原かえで(中野有紗)は言った。
「私を含む30%は制服に反対だってこともわかったんだよ。その気持ちはどうなるの。多数決でなんでも決まるなら裁判も法律もいらないじゃない」
少数派は、なかったことにされる。だって、そんなごく少数の声までいちいち対応していたら、とても社会なんて運営できないから。法律とは、ルールとは、何のためにあるのか。大多数の人が、自分たちの都合のいいように物事を取り仕切っていくためだ。その結果、少数派は口を封じられる。これもまた学校だけじゃない。この社会でよくある、凡庸で切実な悲劇だ。
知ることで、未知は脅威から興味へと変わる
そんな現代社会の写し鏡のような濱ソラリス高校にスクールロイヤーとして赴任してきたのが、主人公・白鳥健治(磯村勇斗)だ。独特の感性を持つ彼もまた集団社会に馴染めず、弾き出されてきた側の人間。白鳥は、学校が嫌いだった。人と議論することを得意としていない白鳥は、今のところ弁護士としてさして有能には見えない。実際、制服裁判でも理事長の尾碕美佐雄(稲垣吾郎)にあっさり言いくるめられていた。
他者を論破できる者こそが正義であり勝者ともてはやされるこの時代に、白鳥はあまりにも向いていない。破天荒な主人公が閉塞的な学校に風穴を開けるといった従来の学園ドラマのセオリーで、この作品を語ることはできなさそうだ。
ならば、白鳥はこの学校に、あるいは社会に向けて何ができるのか。キーとなってきそうなのが、あの屋上の天文台だ。開いたドームの向こうに見えた夜空は美しかった。私たちが天井だと思っているものは実は扉で、その先には宇宙のような見たことのない世界が広がっているのだろうか。だとしたら、そのドームを開けるスイッチはどこにあって、誰が押すのか。
遭遇したさまざまな未知に対し、脅威と見なすのではなく、深く知り、名前をつけていけば、もっと人と人は通じ合えるのだろうか。たとえば、スカートを履いたことで、足が冷えると知り、女子の気持ちがちょっとわかったと言った鷹野みたいに。
多数派とか少数派とかいうけれど、人はみんなそれぞれ違う。“普通”なんてものは、自分がそうであると安心したい誰かがつくったデタラメの定規だ。望遠鏡を覗くように相手を観測し、その心に目を向ければ、掲げたその手は攻撃ではなく、ハイタッチになる。
校則よりも大切な、この星で生きる人たちを知るために、このドラマはあるのかもしれない。
(文・横川良明)
『僕達はまだその星の校則を知らない』第2話あらすじ
3年桜組の藤村省吾(日向亘)が、別のクラスの井上孝也(山田健人)と喧嘩を起こした。原因は、恋人の堀麻里佳(菊地姫奈)を井上にとられたこと。しかも堀が井上をかばったため、藤村はクラスメイトの前で恥をかかされてしまう。プライドを傷つけられた藤村はこれを不服とし、「いじめだ」と訴える。白鳥はスクールロイヤーとして藤村を守ると約束するが、その姿勢に幸田珠々(堀田真由)は反発を覚え……。
◇ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』概要
タイトル | 『僕達はまだその星の校則を知らない』 |
放送・配信 | 毎週月曜22時からフジテレビ系で放送 地上波放送後、FODにて最新話を追加 |
出演者 | 磯村勇斗、堀田真由、平岩紙、市川実和子 日高由起刀、南琴奈、日向亘、中野有紗、月島琉衣、 近藤華、越山敬達、菊地姫奈、のせりん、北里琉、栄莉弥 淵上泰史、許 豊凡(INI)、篠原篤、西野恵未、根岸拓哉、 チャド・マレーン、諏訪雅 坂井真紀、尾美としのり 木野花、光石研、稲垣吾郎 |