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【ネタバレ】タイパ・コスパ主義は誰のせい?『ぼくほし』が解き放つ令和の高校生たちの叫び

(C)カンテレ

僕は、テレビドラマって結構歴史的な史料になるんじゃないかと思っている。最近、1990年代後半の世俗について仕事で調べる機会があって、自分も当時すでに中学生ではあったけど、子どもだから覚えていることも曖昧で、ちょっと記憶の怪しいところがあった。そこで、FODを開いてみると、どっさり当時のドラマが出てくる。

『リップスティック』が醸し出す退廃的な空気感だったり、『彼女たちの時代』が描いたリストラの恐怖だったり、『ショムニ』が打ち立てた強い女像だったり。女性たちのファッションやメイク、台詞からにじむ当時の価値観、世紀末という時代の雰囲気が全部そこにあって。映画と比べても、当時の状況をオンタイムで反映しやすいテレビドラマは、その時代を生きる人たちの“今”を鮮明に伝えるメディアなんだと思う。

その視点で考えたとき、いつか未来の人たちが「令和の高校生ってどんなだっけ?」「どんなことを考えたいたんだっけ?」と気になったとき、『僕達はまだその星の校則を知らない』はきっと有益な参考資料になる。何千年の時を超えて、光が届く星みたいに。

世界のカラクリに気づいたとき、人は一つ大人になる

今回、スポットライトが当てられたのは、元議長団議長の北原かえで(中野有紗)。父・亘平(神尾佑)の心ない言葉の暴力から母・かすみ(安藤裕子)を守るため、妹の歩生(稲垣来泉)を連れて家を飛び出し、今は女3人で賃貸アパートで暮らしているという。納得のいかない父は学校に乗り込み、なんとか北原に面会を求める。父が敷いた家父長制からの決別が、今回のテーマだ。

まず亘平とかすみの関係性が時代をよく表している。専業主婦であったため、経済力に乏しく、どんなに夫が苦痛でも離婚を切り出せない。そんな女性たちが、今の社会にはたくさんいる。しかも、経済的に自立できない理由は、決して彼女たちの咎ではないことがほとんどだ。

かすみの場合も、伝統ある濱百合女学院を卒業し、大学にも進学した。けれど、就職氷河期の煽りを受け、正社員としての雇用は難しく、思い通りのキャリアを築けなかった。劇中で詳細に描かれていなかったけど、亘平の性格からして結婚後も妻が働くことなど認めなかっただろうし、かすみとしても結婚後も働きたいと思えるほどキャリアに夢を抱ける状況ではなかったんだと思う。

なのに、経済力がないことを落ち度のように責められ、自由を奪われる。的外れなしっぺ返しに多くの女性たちが叩きのめされ、そんな母を見て娘は思う、「お母さんのようにはなりたくない」と。北原も、愚痴っぽい母をかつては疎ましく感じていた。人それぞれの個別具体的な“地獄”が浮き彫りになっているのが、今の令和という時代の特徴だ。

だが、北原はやがて見破る。無力に見える母ではなく、母を無力のように扱い、その人格を蔑ろにしてきた父にこそ元凶があるのだと。世界のカラクリに気づいたとき、人は一つ大人になる。だから、北原は憧れていた父と決別し、母についた。有島ルカ(栄莉弥)とのやりとりを見ていても、北原は同年代よりちょっと大人びた印象があった。でもそれは、彼女が早くから大人にならざるを得なかったからなんだろう。それがいいことなのか悪いことなのかわからない。ヤングケアラーである堀麻里佳(菊地姫奈)など、子どものままでいられない子どもたちが多いのもまた令和という時代なのだ。

青春ほど無駄で無益なものはない

そんな北原が白鳥健治(磯村勇斗)に話した違和感こそが、まさに今の令和の高校生たちの葛藤を言い表していた。「映える」なんてワードはすでに古い気もするけど、それでもSNSであらゆる日常が可視化されるようになった今、価値ある経験をしなきゃと思っている子たちは少なくない気がする。

本が読みたいから本を読むのではなく。映画が観たいから映画を観るのではなく。少しでも自分の人生がいいものであるように見えるように、エンタメを消費する。平成の時代は、もうちょっと「話題についていきたいから」というニュアンスが強かったと思う。その内面は、似ているようで大きく違う。

有島たちとのあの美しいバスケットボールの瞬間でさえ、北原は「もったいない」と感じていた。今の子どもたちは何に追い立てられているんだろう。繰り返される「もっと」の先には何があるんだろう。そして、そんな社会を築いたのが僕たち大人であるならば、彼ら/彼女らに謝りたい。でもきっと謝られたところで彼ら/彼女らからすれば鼻白むだけなのも、かつて僕も子どもだったからわかる。

北原が健治に信頼を覚えたのも、健治が軽率な謝罪の言葉を述べる人間ではなく、ただ「ムムス」と途方に暮れたからだ。安直な答えより、空虚な共感より、ずっと心に沁みるものがある。銀河鉄道の中で本音を吐露する子どもたちに、つい罪悪感が湧いて「ごめん」と言いそうになった僕はもう、きっと子どもたちの側でも、健治の側でもない人間になってしまったのだろう。それがちょっと悲しい。

でも、そんな信頼の置けない大人としてもし許されるならば、一つだけ伝えたいことがある。青春ほど無駄で無益なものはない。大人になって思い出すのは、先生や親たちが「これは価値がある」とせっせと用意してくれた修学旅行や文化祭といったイベントではない。渡り廊下ではしゃいだくだらない雑談とレモンティの紙パックの色だったり、ゴミ捨て場まで友達と一緒にゴミを運びながら交わしたゴイステの新譜の話だったり、好きな女の子と自転車で二人乗りした帰り道の風の匂いだったり、そんな無駄で無益なものばかりだから。

どうか今は思い切り無駄で無益なことに明け暮れてほしい。コスパやタイパについて考えるなんて、10年先で十分だ。

(文・横川良明)

『僕達はまだその星の校則を知らない』第9話 あらすじ

可乃子(木野花)と誠司(光石研)が文化祭にやってきた。思いがけない父の来訪に混乱する健治。しかも、尾碕(稲垣吾郎)と父が知り合いだと知り、ますますパニックに陥った健治はその場で倒れ込んでしまう。保健室で目を覚ました健治の前で、誠司は尾碕に息子が迷惑をかけていることを謝罪する。健治のことを大切に思っているのに、かけ違いばかりの誠司。父子の雪解けのときは果たして訪れるのか。

◇ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』概要

タイトル 僕達はまだその星の校則を知らない
放送・配信 毎週月曜22時からフジテレビ系で放送
地上波放送後、FODにて最新話を追加
出演者 磯村勇斗、堀田真由、平岩紙、市川実和子
日高由起刀、南琴奈、日向亘、中野有紗、月島琉衣、
近藤華、越山敬達、菊地姫奈、のせりん、北里琉、栄莉弥
淵上泰史、許 豊凡(INI)、篠原篤、西野恵未、根岸拓哉、
チャド・マレーン、諏訪雅 坂井真紀、尾美としのり
木野花、光石研、稲垣吾郎
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