『さよならノワール』が最終話を迎えた。非常に良質なドラマだった。今っぽいクリフハンガーや派手な顔芸、わかりやすい決め台詞があったわけではない。1話1話、「支援とは何か」というテーマを軸に、少し低めの温度で、淡々と、でも丁寧に物語を積み上げてきた。
その先に待っていたのは、心の闇とどう付き合っていくかという現代らしいメッセージだった。
最終話でも光った『さよならノワール』らしさとは
謎の内通者・紗耶香(中村里帆)は、署長・妹尾和馬(利重剛)の娘だった。本名は、妹尾葵。娘が闇カジノで働いていることをネタに祥仁會から脅された妹尾は、部下たちの追っている与党議員の不正土地取引事件の捜査情報を祥仁會に横流し。政治家と反社会的勢力の癒着というスキャンダルを闇に葬った。
山崎創(渡部篤郎)は、その証拠を掴んだため、祥仁會に狙われ、非道な拷問の末、記憶を失った。警察組織と祥仁會がつながっていることは当初から暗に示されていたため、この真相そのものはそれほど意外ではない。
ミステリー的には、山崎の趣味だったコーヒー豆のキャニスターの中に、証拠のデータを保存したUSBメモリーが隠されていたというところがミソ。これまでもたびたび被害者から飲み物を勧められ、勤務中を理由に断るやりとりが繰り返されていたのも、このオチに持っていくための仕掛けだった。ベテランの井上由美子らしい、洒落た伏線回収といえよう。
ただ、そうした謎解き要素は、本作の肝ではない。どこまでも『さよならノワール』らしかったのは、事件によって負った被害者の心の傷に寄り添う姿勢を示し続けたところだ。
署長の地位と体裁を守るため、妹尾は娘を切った。何年も連絡がなかったと言っていたので、もともと親子仲は芳しくはなかったのだろう。それでも、紗耶香は父なら助けてくれると信じていた。反発しながらも、心のどこかで父性への思慕を募らせていたのかもしれない。だけど、それを父は裏切った。紗耶香が父を告発したのも、「正義の味方」ではなくなってしまった父に引導を渡すためだろう。
赤の他人なら、それで気が晴れた。だけど、実の親子だからこそ、単なる報復では終われない。紗耶香は、「父を売った娘」という罪の意識を背負い続けることになる。それでも、紗耶香はその痛みも引き受ける覚悟を決めた。最後に支援センターの職員の前で「妹尾葵です」と名乗ったのは、その覚悟の表れだ。頑なに本名を明かさなかった紗耶香が、本当の名前を取り戻す。『さよならノワール』は、こんなふうに過剰に説明はしないけど、さりげない描写で登場人物の心の変化をすくいとるのが抜群にうまいドラマだった。
白石の成長物語としての『さよならノワール』
心の闇というものは簡単に手放すことなどできない。紗耶香にしてもそうだ。父は、逮捕された。親子の縁を切ったと父は言っていたが、この先の二人がどうなるかはわからない。今時、血縁なんてものは絶対じゃない。父を告発したという負い目に苦しむことなく、紗耶香には自分の幸せを自分で見つけてほしいと思う一方、何らかの形で父子の関係が修復されるかもしれない。どう生きていくかは、自分で決めるものだ。
ただ、傷を負った事実は変えられない。だから、その傷と共に生きていくしかないのだ。鴨居卓海(岡山天音)は「飼い慣らすしかないんだ」と言った。心の整理はついたとはいえ、理不尽な事件で妹を失ったという過去は、鴨居の人生に一生ついてまわる。決着なんてない。その過去にどう意味づけをしていくか。それは、今をどう生きていくかで変わっていく。
山崎の記憶も戻らなかった。黒木夏海(小池栄子)も結局娘と再会できずじまいで終わった。1年前のあの事件を境に失ってしまったものは取り戻すことなんてできないし、傷は癒えてもなくなることはない。
それでも、最後に山崎に「さよなら」と言えたことは、黒木にとって救いになった。そして、あそこで「さよなら」とちゃんと言えるようになるために、支援員という立場を忘れて山崎に感情をぶつけるあのくだりが必要だったのだろう。
傷を負った人間に必要なのは、痛みを痛みだと感知できるようになること。そして、その苦しみを吐き出せる場所があること。『さよならノワール』が描いてきた「支援」とは、その受け止め先になることだった。人は傷を負うと、防衛本能として傷口に蓋をする。その蓋を外し、ありのままの気持ちをさらけ出せるようになるまで、相手を信じ、否定せず、味方となって待ち続ける。それが、このドラマが描いてきた「寄り添う」ということだった。
河口真二郎(眞島秀和)と大野裕也(濱尾ノリタカ)の前で、白石絵梨子(北香那)が紗耶香のために語った台詞こそが、このドラマの核であり、人の気持ちがわからず被害者を怒らせていた白石が、こんなふうに言えるようになったことに胸が熱くなった。『さよならノワール』は白石の成長物語でもあった。
そういう意味でも、姉御肌の小池栄子も頼もしかったが、コミュニケーションが得意ではない白石というキャラクターに絶大なリアリティと愛嬌をもたらした北香那の貢献は素晴らしかった。『バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』のジャスミンで頭角を現し、以降、着実にステップを踏んできた北香那の、現時点での代表作と言える役になったと思う。
サブカル脱力系の雰囲気で独自の道を走る岡山天音のニヒルな魅力が爆発した作品としても、記憶に刻まれるドラマとなった。話題性という意味ではやや埋もれてしまった感があるのが惜しいが、今後、北香那や岡山天音がますます俳優として躍進していく中で、「北香那の過去作を振り返るならまずはこの1作」「岡山天音沼にハマった人に観てほしい至高の1本」として、のちのち『さよならノワール』が語られる未来に期待したい。
(文・横川良明)
『さよならノワール』概要
| タイトル | 『さよならノワール』 |
| 配信 | FODで全話配信中 |
| スタッフ | 脚本:井上由美子 主題歌:chilldspot「ドラマ」(RECA Records) 音楽:菊地成孔 プロデュース:狩野雄太 制作プロデューサー:清家優輝、岸川正史 衣装:伊賀大介 心理監修:石橋昭良 警察監修:石坂隆昌 演出:河毛俊作、清矢明子、柳沢凌介 制作協力:ファインエンターテイメント 制作著作:フジテレビ |
| キャスト | 小池栄子、北 香那、岡山天音、荒川良々、味方良介、濱尾ノリタカ/ 眞島秀和、戸田恵子、渡部篤郎 ほか |
| URL | https://www.fujitv.co.jp/sayonaranoir-cx/(公式サイト) |
『さよならノワール』(C)フジテレビ