【ネタバレ】圧巻の菅田将暉!『もしがく』に見る女優と演出家とオタクの関係

こんな菅田将暉を待っていた。そんな喝采をあげたくなった『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』第8話。私たちはどうしてこんなにお芝居に魅入られるのか。その答えを、菅田将暉が体現した回となった。

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菅田将暉は、火薬庫のような俳優だ

今日の主役は、文句なしで久部三成(菅田将暉)。トロ(生田斗真)を相手に見せたクライマックスのお芝居は、菅田将暉がなぜ世代トップの俳優と各方面から称えられるのか。その理由を改めて証明するような演技だった。
 
120万円を用立てなくてはならなくなったトロは、倖田リカ(二階堂ふみ)を歌舞伎町のソープランドに売り渡すことで、金を工面しようとしていた。リカを守るため、勇気を出してトロの前に立ちはだかる久部。手には、大瀬六郎(戸塚純貴)から盗み取った拳銃があった。
 
しかし、その拳銃は伴工作(野間口徹)が朝雄(佐藤大空)のためにつくったオモチャ。偽物だとわかった途端、久部は窮地に追い込まれる。
 
が、ここからがこの物語の見せどころ。久部はオモチャとわかっていながら、その拳銃でトロを脅す。トロもオモチャだとわかっているのに、久部の気迫に押し負かされてしまう。演じることでいちばん大事なのは、自分を信じる心。是尾礼三郎(浅野和之)の教えが、鬼気迫る久部の形相にリフレインする。
 
このときの菅田将暉の演技は、まさに圧巻の一言だった。見開いた目は赤く充血し、涙が粒になってこぼれる。垂れた鼻水が顎を伝い、息を止めるように膨らんだ顔は今にも破裂しそうだ。初めて人を殺すかもしれない恐怖。初めて人に殺されるかもしれない恐怖。命を懸けるなんて人は簡単に言うけれど、実際に命が懸かった場なんて人生でそう出くわすものではない。
 
でもあのときの久部は本当に命を懸けていた。だから、トロも思わずすくみ上がった。オモチャの銃でここまで感情のリミッターを外すことができるのか。役者の想像力と自分を信じる心の強さに、画面の向こうの視聴者まで完全に飲み込まれていた。
 
このシーンを観ながら思い出したのは、今から6年前に菅田が主演した舞台『カリギュラ』。菅田は暴君カリギュラを苛烈に、されど繊細に演じていた。まだ今よりずっと若々しい肉体から迸るエネルギーは、脆くも美しかった。プロフィールを確認すると、『カリギュラ』以来、舞台から遠ざかっているようだ。もったいない。いつ火がつくかわからない火薬庫のような菅田の存在感は、舞台の緊張感がよく似合う。この8話を観て、生の舞台に立つ菅田将暉を観たいと思った人は多いのではないだろうか。
 
前回、落ちるところまで評価が落ちた久部だったけど、だからこそなけなしの勇気を振り絞ってリカを守ろうとする姿に胸が湧いた。菅田は傲慢さの中に混じる久部の可愛げをとてもチャーミングに表現している。
 

リボンさんは、報われないオタクの象徴である

これまで久部に対して冷たい態度だったリカだが、今回の一件で久部への評価は急変したようだ。身を挺して守ってくれた久部の男気にほだされたところもあるだろう。それだけ役者としての自分を必要としてくれることがうれしかったのもきっとある。初めて久部の才能に可能性を感じたのかもしれない。女優と演出家の恋の始まりだ。
 
古今東西、演出家に心惹かれる女優はそれなりにいる。ケラリーノ・サンドロヴィッチの妻は女優の緒川たまき。浅利慶太は三度結婚したが、相手はいずれも女優だった。栗山民也の亡くなった妻も、女優の中川安奈。最近でいえば、蓬莱竜太が伊藤沙莉と結婚したことは記憶に新しい。
 
馴れ初めはカップルごとにそれぞれだと思うけど、相手の才能に対するリスペクトや、俳優としての自分の才能を見出したり引き出してくれたことへの喜びが恋心に転化していくこともあるのだろうかと、野次馬的に詮索してしまう。ストリップ劇場で行きづまっていたリカにとって、久部は演劇の道を教えてくれた人。心惹かれるのも自然な流れだ。
 
その一方で、ちょっと悲しくなってしまったのが“リボンさん”こと江頭論平(坂東彌十郎)だ。リカのためにこまめに祝い花を贈り続けてきたリボンさんは、今の言葉で言うところのTO(トップオタ)。これがリカの握手会なら、鍵開けも鍵閉めもリボンさんなのは間違いない。
 
そして、そんなファン心理をつけ込まれ、リカのためにリボンさんは家宝を売って120万円を用意しようとした。もちろんリカなりに芝居を続けるために必死だったのだとは思うけど、太客のリボンさんを利用したという側面は否定できないだろう。決してそれは悪いことじゃない。リボンさんだってリカの役に立てるならオタク冥利に尽きる喜びだった。
 
けれど、結局リボンさんの用立てた家宝でリカを救うことはできなかった。それどころか、目の前で久部がリカを救い、二人がいい感じになるのを見ているしかなかった。結局、オタクである以上、リボンさんは舞台には上がれない。ずっと客席で指を噛んでいるしかないのだ。女優と演出家。女優とオタク。どちらも女優からすれば、自分の才能を認め、自尊心を高めてくれる相手だ。でも結局、そこには超えることのできない壁がある。どれだけ身銭を切ったところで、リボンさんはリカが主人公の舞台のメインキャストにはなれない。
 
久部がヒーローになる一方で、そんなオタクの報われなさも感じる回だった。たくさんの人の悲喜こもごもを乗せ、『もしがく』はついに最終章へと突入しようとしている。
 
(文・横川良明)

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タイトル もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう
放送日時 毎週水曜22時からフジテレビ系で放送
FODでは地上波放送後に次回放送分をプレミアム先行配信
キャスト 菅田将暉/二階堂ふみ/神木隆之介/浜辺美波 ほか
スタッフ 脚本:三谷幸喜 演出:西浦正記
URL https://www.fujitv.co.jp/moshi_gaku/
https://fod.fujitv.co.jp/title/80uc/(配信ページ)

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