【ネタバレ】最後に現れたのは誰?『ラムネモンキー』が迎えた夢のような結末

テレビドラマと、映画や演劇の違いは、日常との距離の近さだと思う。映画や演劇は劇場まで足を運ぶ。それ自体が一つの特別なイベントだ。
 
一方、テレビドラマは大抵が家の中で視聴する。家事が一段落したあとに、寝る前のひとときに、生活と地続きになっていて日常に限りなく溶け込んでいるのが、テレビドラマだ。
 
だからこそ、ドラマは観る人にさりげなく力を与えてくれるものがいい。明日に希望を持てるドラマがいい。『ラムネモンキー』は、まさにそんな最終話だった。

大人って捨てたものじゃない

44分という最終話の中で、物語は大きく二転した。1度目の急カーブを切ったのは、“キンポー”こと菊原紀介(津田健次郎)だ。物語の発端となった、工事現場から発掘された人骨。あれは、“ユン”こと吉井雄太(反町隆史)と“チェン”こと藤巻肇(大森南朋)を“マチルダ”こと宮下未散(木竜麻生)探しに巻き込むためにキンポーが捏造した狂言だった。人骨は、海外のサイトから買い取った、文字通りどこの馬の骨ともわからないものだという。
 
ニコニコと真実を明かすキンポーがだいぶヤバい。少年時代にヤンキーに絡まれたときも、“アホの八郎”こと多胡秀明(梶原善/1988年時は佐久本宝)がマチルダ殺しを告白したときも、最初に手を出したのはキンポーだった。頭に血がのぼると何をしでかすかわからない性格は折々で描写されていたけど、それにしてもこのヤバさは別の種類のヤバさだ。「何かの犯罪かもしれない気がする」とドン引いている西野白馬(福本莉子)が面白かった。
 
かくしてマチルダ生存説が一気に高まったところで、物語は2度目の急カーブを切る。次なるキーパーソンは、多胡と、キンポーの母・祥子(高橋惠子/1988年時は上野なつひ)だ。鶴見(濱尾ノリタカ)の執念深さを見込んだ多胡は自らの正体を明かす。多胡は公安の刑事であり、潜入捜査のために白狼会に出入りしていたのだという。
 
そして、黒江の婆さん(前田美波里)を救えなかった負い目から、マチルダはなんとしても助けたいと、実行犯の鳥飼久雄(村上航)を出し抜く作戦を立てた。それが、かつて水泳選手だった祥子が、湖に沈められたマチルダをこっそり救出し、その後は身元を偽らせ、別人として新たな人生を歩むというものだった。
 
この展開の何がうれしいって、ユンたちの親が誰も悪人ではなかったということだ。真相が明らかになるにつれ、若干心を重たくさせていたのは、ユンの父親然り、チェンの父親然り、善良な市民だと思っていた大人たちが、裏で悪どいことに手を染めていたという事実だった。もちろん誰しも聖人君子じゃない。そんなことはわかっている。でも、自分の親が人殺しにまで発展する悪事に加担していたというのは、50を過ぎて知りたくない。正直、自分なら親にかなり失望したと思う。
 
でも、3人の親はみんななんだかんだと優しかった。それぞれ欲にかられたところはあっただろうけど、人としての良心を売り渡すことまではしなかった。正しいことをするためなら、ほんのひとかけらの勇気を出すことができる。大晦日の日に慌てふためきながらマチルダ救出作戦を決行している親たちを見て、大人って捨てたものじゃないなと思った。
 
「きれいに生きたい」という気持ちを捨てなければ、人はみんないつでも小さな小さな正義のヒーローになれる。それは、画面の向こうでこの物語に夢中になった視聴者もきっと。
 

「戸田恵子」の4文字に込めた粋な遊び心

そうして大団円を迎えたあと、物語はまさかの3度目の急カーブを切った。Bialystocksの名曲『Everyday』と共に流れる、いつものクレジット。そこにさらっと盛り込んだ「戸田恵子」の4文字。勘のいい人は、一瞬で察したはずだ。『機動戦士ガンダム』でマチルダの声を担当したのは、戸田恵子。つまり、老年になったマチルダがこの先に登場するということを。
 
明言はされていない。だけど、最後に登場したあの背中は、きっとそういうことなんだろう。ユンたちとマチルダが交わした約束は二つ。「汚い生き方したくねえよ」と言った中二の気持ちを大人になってもなくさないこと。もう一つは、必ず映画を完成させること。
 
最終話の冒頭で妄想のようなマチルダが現れたのは、一つ目の約束が果たされたからだろう。そして、ユンたちは未完成だったシーンを撮りはじめた。二つ目の約束が果たされたから、おばあちゃんになったマチルダがおじさんになったユンたちのもとへ帰ってきた。そう暗示させる、希望いっぱいのラストだった。
 
それにしても、よく練り込まれたシナリオだった。ユンの娘・綾(三浦舞華)が折にふれて読んでいた漫画の作者名は「マティー」。マチルダを連想させるに十分なペンネームだ。マチルダは丹辺の街を離れたあと、大好きな絵を仕事にしていたのかもしれない。それは間違いなくユンたちの影響だろう。権力者たちに人生をねじ曲げられた可哀相なヒロインじゃない。自分の生き方を貫いて、楽しく幸せに生きていたマチルダの人生を想像させるワンカットだった。
 
商社に就職が決まった健人(松村雄基/1988年時は藤枝喜輝)がハワイに行くために荷物を車に詰めこんでいる回想シーンも何度か登場していたけれど、そのときに持っていたスキューバダイビングのセットが、マチルダ救出作戦に使われていたというオチもうまい。ストーリーテリングの奇術師・古沢良太の腕が存分にふるわれた作品だった。
 

子どもの頃の思い出みたいに、このドラマは心に残り続ける

キャストもそれぞれ素晴らしかった。「カッコ悪いおじさん」になり果てたユンがもう一度輝きを取り戻す姿は、若い頃から「カッコいい男」の代名詞だった反町隆史だから出せる味わい。大森南朋はおじさんのカッコつけたがる感じや、つい余計なことを言ってしまう感じがさまになっていて、人間味のあるキャラクターだった。津田健次郎は繊細さと大胆さが絶妙にブレンドされていて、なんとも愛され感のある中年像を立ち上げていたと思う。
 
トリプル主演と銘打ちながら、番手を誤魔化す言い訳に過ぎず、結局はある一人の人物が主人公になっている作劇が目につく中、このドラマは見事に3人全員が主人公だった。そこがすごく良かった。3人それぞれの人生が、それぞれ祝福に満ちていた。
 
面倒くさいおじさんたちに手を焼きながら、自分の道を見つけていく福本莉子の芯の通った可憐さ。図々しいおじさんたちに触発され、事なかれ主義から仕事のやりがいに目覚めていく濱尾ノリタカの控えめな正義感も良かった。中年と若者の交流もまたこのドラマの魅力の一つだったと思う。
 
そして何より、出番は回想のみながら揺るぎない存在感を放ち、こんな先生に出会いたかったと思わせた木竜麻生のまっすぐな透明感が素晴らしかった。どちらかというと映画の印象が強い木竜だが、昨秋の『いつか、無重力の宙で』(NHK)に続き、2クール連続で良質なドラマを引き当てた。どこか硬質な雰囲気があり、それが媚びない強さとなって、演技に表れる女優だ。今後ますますドラマでも重要なポジションを担っていくだろう。
 
エンディングで流れる『Everyday』は毎回胸を締めつけるものがあり、間違いなく今期の主題歌賞。Bialystocksは劇伴も担当し、『ラムネモンキー』の世界を音楽で鮮やかに彩った。
 
人生の甘やかさも苦みを知る大人たちにこそ突き刺さるドラマであり、回を重ねるごとにいとおしさを増すドラマでもあった。大きな話題を呼んだとは言いがたいが、完成度の高さは今期随一。こういうドラマこそ、後々なんらかの形で評価され、スポットライトが当たることを願いたい。
 
いや、でもそんなことすらどうでもいいのかもしれない。世間が忘れても、流行の波に押し流されても、観た人の心にはいつまでも残り続ける。子どもの頃のでたらめだけど楽しかった思い出みたいに。
 
炭酸みたいに弾けて消える。だけど、その甘酸っぱい口溶けが、思い出すだけでちょっと冒険心を取り戻させてくれる。『ラムネモンキー』は、あの頃大好きだったラムネみたいなドラマだった。
 
(文・横川良明)

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『ラムネモンキー』代表カット

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タイトル ラムネモンキー
スタッフ 原作:古沢良太『ラムネモンキー1988』(note刊)
プロデュース:成河広明(フジテレビ)
プロデューサー:栗原彩乃(フジテレビ)、古郡真也(FILM)
演出:森脇智延
キャスト 反町隆史/大森南朋/津田健次郎/木竜麻生/福本莉子/濱尾ノリタカ/大角英夫/青木奏/内田煌音 ほか
URL https://www.fujitv.co.jp/ramunemonkey88/(公式サイト)
https://fod.fujitv.co.jp/title/80xj(FOD配信ページ)

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