いいやつからどんどんいなくなる『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』。主要人物がどんどん退場していくので、うっかり『鎌倉殿の13人』でも観ているのかしらという錯覚を起こしかけていたら、第9話はついにあの人までいなくなってしまった。しかもいよいよ倖田リカ(二階堂ふみ)もマクベス夫人化してくるようで……。はたしてどうなるクベシアター!?
トニーは、ただ役者として日の当たる道を歩きたかった
特に何か集計したわけではないけれど、『もしがく』の登場人物の中でも、ひときわ人気が高そうなのがトニー安藤(市原隼人)である。コワモテかと思いきやピュアというギャップは、みんなの大好物。はじめのうちは自分が役者なんてとまるでやる気がなさそうだったのに、いつの間にやらすっかり芝居に夢中になっているところが、観ている人たちの応援欲求をくすぐる。
特に今回の「テンペスト」で本番前のルーティンを語っているトニーは、本当に幸せそうだった。照れくさそうでもあり、誇らしそうでもあり。好きなことを見つけた人は、ああいう顔をするのだ。詳しくは明かされていないけれど、ストリップ劇場の用心棒に流れ着いているあたり、ここまでの人生は決して明るいことばかりだったわけではないはず。実際、序盤のトニーは常に気だるそうで、人生に対する気概というものがなかった。
そんなトニーが初めて見つけた、生きがいだった。夢と呼んでもいいだろう。けれど、それが奪われた。トニーは何一つ悪くないのに、結局トニーみたいな人が貧乏くじを引かされてしまうのだ。
オーナー・ジェシー才賀(シルビア・グラブ)の表には出せない取引のために、トニーが担ぎ出されることに。しかし、トニーは最初は断った。もう、こんな裏稼業から足を洗いたかったから。役者という日の当たる道を歩くことが、トニーのささやかな望みだった。
しかし、久部三成(菅田将暉)は食い下がる。トニーが行ってくれれば、今週の売り上げノルマが免除される。相変わらず久部の頭の中は劇団をどうするかということばかり。そのためなら誰が犠牲になっても構わない。もちろん久部は久部なりに切実なのはわかる。でもなんとなく久部に同情してやれないのは、久部自身がさして何もしていないからな気もする。いつも大声で怒ったり喚いたりしているだけ。
今回も、上演を決めたのは久部だったけど、トニーが帰ってくるまでの間、場をもたせたのは他の人たち。久部はというと、実際舞台に上がったら、素人である大瀬六郎(戸塚純貴)のアドリブにも対応できない。それがコミカルというより、ただ情けなく映っているから、エラそうだけど仕事は何もできない(でも手柄だけは持っていく)上司を思い出して、ちょっとイラっとするのかもしれない。
この第9話は、三谷幸喜らしい『ショウ・マスト・ゴー・オン』の世界。なんとか上演時間を引き延ばそうと、一度は出番がカットされたおばば(菊地凛子)が呼び戻され(時役ということで、トキと一緒にという小ネタ付き)、彗星フォルモン(西村瑞樹)はパトラ鈴木(アンミカ)と即席コンビを結成する(なぜかコントオブキングスのときより断然面白かった。フォルモンの腕が上がったのか。それとも王子はるお(大水洋介)とは本当に相性が悪かったのか)。
しまいには、江頭論平(坂東彌十郎)まで舞台に上がる始末。論平も板の上の魅力に取り憑かれてしまったみたいで、いろんな人の人生を変えてしまっている久部は本当に罪深いというか、演劇自体が罪づくりというか。なんにせよ、こうしたバックステージのドタバタ感は三谷幸喜の十八番。当事者たちはハラハラしているのに、観ている側としては名人芸を見ているような安心感があった。
役者ではない者が役者になる。アンミカ一世一代の名演技
しかし、なんとかトニーは帰ってきたものの、取引現場に張り込んでいた警察によって、身柄を拘束されることに。
逃げるように促す久部に対し、トニーは「いや、もういいわ」と天を仰いだ。あれは覚悟を決めたというより、あきらめたように見えた。結局、自分のような人間は日の当たる道なんて歩けない。役者など夢見たこと自体が分不相応だったのだと自嘲しているようだった。きっとトニーはあきらめることに慣れる人生を送るしかなかったのだろう。
そんなトニーの最後の晴れ舞台が、逮捕のシーン。劇場を守るため、トニーはただの悪質な客のふりをして大捕物を演じてみせる。劇団員もみんな付き合う。芝居をする場所を守るために、芝居をする。ウィットに富んだ矛盾が、なぜか今日に限ってはいやに切なかった。
そして、疑いの目がトニーにだけ向くように、あえてパトラがトニーを引っ叩き、「この変態! 顔も見たくないわ」と罵った。ジェシーの悪事の片棒を担がされることを、トニーは嫌がっていた。でも、最終的に説得したのはパトラだった。トニーの未来のためにしたことが、トニーの未来を壊してしまった。パトラの胸中には、当然自責の念がある。その後悔が表情に出ていた。パトラのあのやるせない顔に胸を衝かれた人も多かったのではないだろうか。
パトラを演じるのは、アンミカ。知っての通り本職の俳優ではない。でも、このときのアンミカは間違いなく役者だった。素人たちが、いつの間にか役者になっている。まさにWS劇場の人々の人生を地でいくような演技だ。そう考えると、ここにアンミカを配役したセンスに思わず唸ってしまう。
かくしてトニーもまたWS劇場を去った。劇場を守るために、劇場の人々が一人また一人と消えていく。皮肉すぎるシナリオに、相変わらず三谷幸喜は性格が悪いと拍手を送りたくなる。
そして、波乱の夜の最後に現れたのが、まさかの蜷川幸雄。つい数年前まで存命だった人物が、フィクションの中で実名で登場するだけでびっくりなのに、それを演じるのは蜷川幸雄の薫陶を受けた俳優の一人である小栗旬。彼が蜷川幸雄と初めてタッグを組んだのが、シェイクスピアの『ハムレット』だったことを思うと、ますます運命的な巡り合わせだ。
この蜷川との出会いが、久部の人生をどう考えるのか。予告を見る限り、久部をそそのかし、WS劇場乗っ取りを目論むリカは、さながらマクベス夫人。このまま二人は破滅の道を辿るのだろうか。三谷幸喜の『もしがく』が喜劇となるのか悲劇となるのか。最後まで注目だ。
(文・横川良明)
菅田将暉主演、三谷幸喜脚本の話題作『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(通称『もしがく』)。1984年の渋谷を舞台にした群像劇、豪華キャストの競演、三谷幸喜らしい仕掛けが詰まった本作。FOD INFOでは、そんな『もしがく』[…]
『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』第10話 あらすじ
「テンペスト」に呼び出された久部を待っていたのは、蜷川幸雄だった。蜷川は、素人あがりのWS劇場の役者たちを絶賛し、演劇に大切なのはノイズだと説く。憧れの蜷川からの賛辞に、久部は大はしゃぎ。一方、トニーの残したテープをネタにジェシーにゆすりをかけた久部は、120万円の売り上げノルマを撤回させ、今後は週13万円の劇場使用料を払えば公演を続けられるよう約束を取り付けるが……。
| タイトル | 『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』 |
| 放送日時 | 毎週水曜22時からフジテレビ系で放送 FODでは地上波放送後に次回放送分をプレミアム先行配信 |
| キャスト | 菅田将暉/二階堂ふみ/神木隆之介/浜辺美波 ほか |
| スタッフ | 脚本:三谷幸喜 演出:西浦正記 |
| URL | https://www.fujitv.co.jp/moshi_gaku/ https://fod.fujitv.co.jp/title/80uc/(配信ページ) |
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