昔からドラマを観て、よく思っていた。こんなふうに1話完結で問題が解決したら人生楽だよなと。現実の悩みは、たった45分じゃ何も変わらない。
だから、第6話で有島ルカ(栄莉弥)の問題が何も解決しないことは、衝撃だった。そして同時に、この誠実さこそが『僕達はまだその星の校則を知らない』らしさなんだな、と思った。
将来のために勉強しているのに、将来を夢見ることを禁じられる
毒親。虐待。近年の子どもたちを取り巻く問題を語る上で、これらのフレーズが出てこないことのほうが珍しい。ただ、『ぼくほし』で取り上げた虐待は、いわゆる家庭内暴力やネグレクトといった虐待ではない。
被虐待児は、生徒会で議長団副議長を務めていた有島。医学部志望。裕福な実家で育った、いかにもエリート然とした彼に、虐待の二文字は一見すると似合わない。でも、彼の心は父・一彦(池内万作)によって蝕まれていた。教育虐待――行き過ぎた父の期待が、子の心を破裂寸前に追い込んでいた。
教育虐待は、表面化しづらい。久留島かおる(市川実和子)の言う通り、世間から見れば「子ども思いの教育熱心なパパ」。受験に成功したら、虐待も「素晴らしい指導」として美談となる。
教育虐待というワードが広まったのも、この十数年の話。それより以前に子どもだった人たちからすると、仮に同じような被害を受けていたとしても、それを虐待と認識していないケースが多いんじゃないかと思う。過熱する受験競争に放り込まれ、心身に過度な負担がのしかかるような勉強量を強制されても、そんなものだとあきらめていた。そして、そうした受験期を過ごした人たちが大人となって、今の社会をつくっている。
だから、白鳥健治(磯村勇斗)が教壇でテストのことを「ただ優劣を測るためだけの鋭敏な物差し」だと言ったとき、ハッとさせられた。僕は学校での勉強を、健治が言うような「ほわんと温かみのあるもの」だと感じたことがなかったから。
テストの点数は大人たちに文句を言われず、自分のやりたいことをやるための許可証。あるいは、将来の選択肢をなるべく広げるための保険。幸い有島みたいに追い込まれることはなかったけど、天文部の夏合宿ほどキラキラしたものではなかった。学校で学ぶ楽しさを教えてもらった人なんて、はたしてどれほどいるだろうか。
三者面談を抜け出した有島が、進路について語る斎藤瑞穂(南琴奈)や高瀬佑介(のせりん)に攻撃的になってしまったのも、彼にとって勉強や受験は決してキラキラしたものではなかったから。将来のために勉強しているのに、有島は将来を夢見ることを禁じられていた。
有島父子の問題は、健治父子の問題に直結している
この問題の根深いところは、そんな有島自身が自らの受けている虐待について適切に認識できていないことだ。有島を救おうと言葉を尽くす健治に対し、有島は「うちの親を勝手に悪者にするなよ」と激怒した。決して毒親なんかじゃない。父は自分に期待し、将来を考えた上で、時に厳しい言葉をかけているだけ。悪いのは、期待に応えられない自分自身。他人にとってはどんなにひどい父親に見えても、有島にとってはたった一人の父親だ。だから、父親が責められるのは耐えられない。
と同時に、きっとそう認識しなければ、有島自身の心が壊れてしまうのだろうと思った。虐待と認めたら、父親を毒親と憎んでしまったら、もう彼は家に帰れない。実の母がいなくなった有島にとって、今度は父親も失うことになってしまう。それが怖くて、有島は必死に庇っているのだと思う、父と、自分の心を。あの抗弁は、有島にとって精一杯の防衛策なのだ。
でもやっぱりそれは現実逃避の誤魔化しでしかなくて。そのバグに有島自身も気づいているから、余計にバランスがとれなくて、歪みが盗撮やカンニングといった行為となって表れていた。ここまで登場した生徒の中で、最も深刻な問題を抱えているのが有島だった。
だから、有島の問題は解決しないまま終わった。「もうこれ以上、傷ついてほしくない」と言ってくれる仲間がいること、そんな仲間と興じた夜中のバスケットボールは今ここで描けるギリギリの救済で、でもそれは何の解決策にもならない。有島は、あのバスケットボールが終わった後、父の待つ家に帰らなければいけない。その光景を思うだけで、胸が痛む。
でもあそこで安直に何か解決策を提示することは、逆にこの問題の深刻さを薄めることになる。だから、今はここまででいいんだと思う。
おそらくここから今度は健治自身が自らの父(光石研)と向き合うことになる。普通を強制した健治の父もまた決して毒親だったわけではなく、妻を失い、仕事と家庭に追われる中で疲弊しきっていった。そのせいで、息子を傷つけるような言葉を浴びせてしまった。
必ずしも父が悪いわけではない。でもだからといって、傷つけられたことを健治が許さなければいけないわけでもない。憎しみというほど強い感情が、健治の中にあるようには見えない。いちばん近い感情を選ぶなら、畏れだろうか。健治は、父ともう一度向き合うことを畏れている。ここからいずれ父と再会したとき、健治は父になんと言葉をかけるのか。健治の中でどんな変化が生まれるのか。
そしてその先に、また有島と話す機会が来るのかもしれない。今回、健治の言葉は何も届かなかった。次に健治が有島と話をするときこそが、有島の問題が本当に解決するときだろうか。いや、やっぱり親子の問題なんて、他人のちょっとした一言でそう簡単に好転なんてしないかもしれない。
でも、少なくとも健治は救われるんじゃないかな。有島の反論を受け、黒いモヤの大群に襲われた健治が、ほんの少しでいい、有島と心を通わせて、今度は眩しい光の結晶に包まれたら、たぶん僕はうれしくて泣いちゃうと思う。
(文・横川良明)
◇『僕達はまだその星の校則を知らない』第7話 あらすじ
2年桜組の島田聖菜(北里琉)は、合併により男子と同じ教室にいることが耐えられなくなり、保健室登校を続けていた。多忙による知恵熱で保健室に駆け込んだ健治は、そんな島田から「先生を好きになるのは、罪ですか?」と尋ねられる。一方、有島の父は、今後受験に関係のない授業を息子には受けさせないと学校に通告。健治と巌谷光三郎(淵上泰史)は説得を試みようとするが、その晩、巌谷が青少年保護育成条例違反の容疑で、警察に任意同行を求められてしまう。条例違反の相手は、島田。深夜に巌谷の家を訪ねようとしていたところを補導され、島田が巌谷に好意を寄せていることが発覚する。
◇ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』概要
タイトル | 『僕達はまだその星の校則を知らない』 |
放送・配信 | 毎週月曜22時からフジテレビ系で放送 地上波放送後、FODにて最新話を追加 |
出演者 | 磯村勇斗、堀田真由、平岩紙、市川実和子 日高由起刀、南琴奈、日向亘、中野有紗、月島琉衣、 近藤華、越山敬達、菊地姫奈、のせりん、北里琉、栄莉弥 淵上泰史、許 豊凡(INI)、篠原篤、西野恵未、根岸拓哉、 チャド・マレーン、諏訪雅 坂井真紀、尾美としのり 木野花、光石研、稲垣吾郎 |