【ネタバレ】トニー安藤から目が離せない!『もしがく』市原隼人が放つ不思議なおかしみ

三谷幸喜作品の魅力の一つが、個性豊かなキャラクター。『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』も第3話にして、いよいよそれぞれのキャラクターが立ってきた。中でも爆発力を秘めているのは、『鎌倉殿の13人』でも強烈な個性を放った“あの人”のようで……。

市原隼人のトニーは大真面目だから面白い

久部三成(菅田将暉)が夜通し書き上げた台本をもとに、「夏の夜の夢」の稽古が始まった。しかし、もともと寄せ集めの素人集団。演劇に対する意欲もバラバラだ。彗星フォルモン(西村瑞樹)は配役に不満の声をあげ、詩的なシェイクスピアの台詞を毛脛モネ(秋元才加)は「つまらない」とバッサリ。早くも前途に暗雲が立ち込める。

中でも頭痛のタネは、トニー安藤(市原隼人)だ。ただでさえ寡黙なトニーが、舞台上で台詞を言うなんて、どう考えても無理筋。蚊の鳴くような声しか出ず、まるで芝居にならない。

が、そんなトニーが今回の主役。「声が小さいかな」と久部に注意されて、「や、や、や、やらなきゃダメか」と悲壮なささやきを漏らす姿がなんとも笑える。

喜劇の基本ではあるが、笑わせようと無闇やたらにふざけても逆に白々しいだけ。本人は大真面目にやってるのに、うまくいかなかったり、空回りしている姿に、人はおかしみを覚える。

市原の演じたトニーは、まさにその最たるもの。トニー自身は、決して手を抜いているわけではない。むしろ真剣に台本と向き合っている。でも、自意識が邪魔するのか、恥ずかしさが勝るのか、他者を演じるという状況に自我が耐えられない。そこに、コワモテという要素が加わることで、ますます面白いことになっている。

市原隼人といえば、映画『リリイ・シュシュのすべて』で注目を集め、『WATER
BOYS2』で主演を務めるなど、青春ものが似合う俳優として名を売った。しかし、本人がB系ファッションを好むヤンチャなタイプだったこともあり、早々にワイルド路線に転向。『ROOKIES』『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』『猿ロック』に代表されるようなヤンキー、悪ガキ役でフィルモグラフィーを重ねてきた。

が、20代半ばあたりから合う役に恵まれず、俳優としては難しい時期を過ごすことに。再浮上のきっかけとなったのは、『おいしい給食』だろう。給食愛がスパークしすぎるがゆえに、ともすると狂気すら感じる演技で、コメディのできる俳優として新境地を開拓。三谷幸喜との初タッグとなった『鎌倉殿の13人』でも、必要以上に色気がダダ漏れている八田知家役で視聴者の心を掴み、終盤では役としては隠居を考える身にもかかわらず、無駄にすごい筋肉美で沸かせ、爪痕を残した。今回の起用も、『鎌倉殿の13人』での成功が背景にあったに違いない。ボタンという概念を知らないトニー安藤のはだけた胸には、三谷の「こんな市原隼人が見たい」がつまっている。

「シェイクスピアは詩なんです」を証明した市原の演技

市原の芝居の特徴は、独特の発声だ。『WATER BOYS2』を見返すとわかるが、市原本人の元々の声は結構高い。もちろん当時は17歳なので、加齢と共に多少声が変わることはあるにせよ、最近の舞台挨拶などの話し声を聞いても、地声は高めだと思う。

だが、市原は芝居をするとき、役に合わせてかなり低めの声を出す。結果、少ししゃがれたハスキーな声となり、語尾に吐息が多く含まれるようになる。それが、市原独特のちょっと浮世離れしたような台詞回しと色気につながっている。

このトニー安藤もそうだ。第1話で瓶を割って久部を威嚇するときは声を抑えて低めに出しているが、ジャズ喫茶「テンペスト」で台詞合わせをしているときは上擦ったように声がところどころ高くなる。この声の高低が、トニーの追いつめられている感じを演出していて、コワモテなのに実はシャイという二面性の根源になっている。普段はゆったりした動きなのに、台詞合わせから抜けられるとわかった瞬間、機敏に飛び出していくさまも愉快だ。笑いにおける緩急を、市原は心得ている。

26人のメインキャラクターがいながら、今のところ笑いをがっつりとれる役は意外に少ない。野添義弘&長野里美が演じる浅野夫婦もいいキャラをしているが、双璧という意味では坂東彌十郎演じる“リボンさん”こと江頭論平と、市原演じるトニー安藤の二人ではないだろうか。百戦錬磨のベテランに混じって、市原が気を吐いている。もはや市原を単なるイケメン俳優の文脈で語る人は少ないだろう。『リリイ・シュシュのすべて』から24年。市原隼人は一癖も二癖もある個性派に成長した。

それでいて、ただ笑いをとって終わりにはしない。久部に連れられ訪れた劇団「天上天下」の面々の前で、黒崎(小澤雄太)の挑発を受けて立ち、ライサンダーの台詞を堂々と演じてみせた。ここでは市原の呼気の多い発声が甘い陶酔に変わる。まさに「シェイクスピアは詩なんです」という久部の持論を証明するような演技となった。

かくしてトニー安藤は、覚醒した。寄せ集めの素人集団が一人また一人と演劇に覚醒していき、やがて思ってもみないような確変を起こす。そんな期待を抱かせるに十分なインパクトを与えた。

ならば次に覚醒するのは誰か。三谷幸喜は膨大な登場人物を鮮やかにさばき、それぞれに見せ場を与える手腕に長けている。三谷の筆と演者の力が化学反応を起こすとき、この物語もまた確変に入ることだろう。

(文・横川良明)

『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』第4話 あらすじ

「夏の夜の夢」の初日公演を翌日に控え、大わらわのWS劇場。一方、八分神社も分岐点に立っていた。風紀乱れる八分坂を嫌う樹里(浜辺美波)は一刻も早くここを出ていきたいと神社本庁の清原(坂東新悟)に嘆願する。そんな樹里に対し、清原はWS劇場の「夏の夜の夢」のチラシを出して、もう少し頑張ってみるよう説得するが、WS劇場のやっていることはシェイクスピアに対する冒涜だと樹里の怒りはおさまらず……。

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タイトル もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう
放送日時 毎週水曜22時からフジテレビ系で放送
FODでは地上波放送後に次回放送分をプレミアム先行配信
キャスト 菅田将暉/二階堂ふみ/神木隆之介/浜辺美波 ほか
スタッフ 脚本:三谷幸喜 演出:西浦正記
URL https://www.fujitv.co.jp/moshi_gaku/
https://fod.fujitv.co.jp/title/80uc/(配信ページ)

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